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池上彰の戦争を考えるSP第9弾、テーマは「特攻」 美化する風潮に警鐘
2017/08/13 07:00

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 2010年からテレビ東京系で放送されているジャーナリスト・池上彰氏による『池上彰の戦争を考えるSP第9弾 〜“特攻”とは何だったのか?〜』が、きょう13日(後7:54〜9:54)に放送される。今回は太平洋戦争末期に日本軍が繰り出した「特攻」を徹底検証する。

 「特攻」とは、「十死零生(じっしれいせい)」という言葉が表すとおり、生きる望みはゼロ、死を覚悟で敵に体当たりする究極の攻撃だ。今回のテーマとした思いを池上氏は次のように語る。

 「私たち日本人にとって、8月というとやはり戦争の事を考えざるを得ない季節ですよね。そして戦争を知る人がどんどん少なくなってくると、何かこう、戦争を美化する、そういう動きがあるんですね。ところが、今、特攻隊の生き残りの人たちが次々に声を上げています。そして『特攻隊は決して美化できるようなものではない』と、おっしゃっているんですね。戦争を美化するような動きに対して、『いやいや、本当の戦争を知ってほしい』と、多くの人が今、思うようになったのではないかと思うんです。そういう人たちの話を今こそ聞く必要があるのかな、そういう意識を持ってこの番組を作りました」。

 池上氏は、女優の宮崎美子とともに特攻隊の出撃基地があった鹿児島・知覧を訪問。そこで特攻隊員たちが残した数々の遺書に触れ、特攻隊員の残したメッセージを読み解いていく。さらに、元特攻隊員のインタビューも敢行。兵士たちは志願して特攻隊になったのか? 91歳の元特攻隊員は「志願じゃない。純然たる命令だった」と証言する。特攻を命じられた時、兵士たちは何を考えたのか? すでに高齢になった元特攻隊員たちが「今伝えなければ、残すことができない」、そんな思いで語った真実に迫る。

 そもそも、特攻はいつ、どのようにして生まれたのか? 戦争末期、10ヶ月にわたって行われた特攻。実は太平洋戦争前から考えられていた戦法だったという。歴史の流れの中で特攻作戦を本格化させ「特攻の生みの親」とも言われたのが大西瀧治郎中将。ゼロ戦だけではない、特攻に使われた数々の兵器も紹介しながら、特攻の歴史を、特製年表を使って解説する。

 今回、池上氏と宮崎は、広島県呉市の大和ミュージアムにも立ち寄っている。日本の最高技術を結集し建造された戦艦大和。山口県徳山沖から出航し沖縄に向かう途中、鹿児島沖でアメリカ軍の攻撃を受け撃沈したが、この最後となった出撃は実は「海上特攻」だったという。一体どんな作戦だったのか? その最後はどのようなものだったのか? 元乗組員の貴重な証言と共にひも解いていく。

 アシスタントは相内優香アナウンサー、ゲストとして八千草薫、峰竜太、パックン、小島瑠璃子も出演する。
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